NPO法人HEROが届ける子どもたちの「STOP 地球温暖化教室」

「破牙神ライザー龍(ばきしんらいざーりゅう)」(以下、龍)は、東日本大震災をきっかけに、被災地の子どもたちに希望と笑顔を届けることを目的に誕生したヒーローです。NPO法人HERO(以下、HERO)は、この“龍”を起用し、子どもたちに地球環境への関心を育む「STOP 地球温暖化教室」を展開しています。
環境教育は「難しい」「伝わりにくい」とされがちです。しかし、この取り組みには、幼い子どもたちが「地球をまもる」ことを“自分ごと”として考えられるようにするための、多くの工夫と実践のヒントが詰まっています。
ヒーロー誕生のきっかけは、一本の電話

「震災の直後、立ち上げメンバーの一人が勤めていたイベント制作会社にかかってきた一本の電話が、龍誕生のきっかけでした」と話すのは、立ち上げからのメンバーで、「STOP 地球温暖化教室」ではMCを担当する佐藤真実さんです。
電話の内容は、2011年5月5日の子どもの日に、避難所でイベントを企画していた保護者からのものでした。子どもたちが「テレビヒーローに会いたい」と願っていて、それを叶えられないかという相談だったのです。しかし、手は尽くしてみたものの、テレビヒーローを無償で呼ぶには、版権や金銭を含むビジネス上の問題などで呼ぶことはできませんでした。
「それならば、自分たちの手で、子どもたちに笑顔を届けられるオリジナルヒーローをつくろう」。
そうして、東北各地のキャラクターショーに長年携わってきた精鋭たちが、NPO法人HEROの前身となる有志メンバーとして集結しました。「被災地の子どもたちに笑顔を届ける」というただ一つの想いのもと、オリジナルヒーロー「破牙神ライザー龍」は誕生したのです。
伝わらなかったことも、ヒーローとなら伝わる

龍の誕生後、HEROの活動は大きな反響を呼び、宮城県内にとどまらず、岩手・福島など被災3県へと広がっていきました。「2012年には、沿岸部を中心に年間291回もの公演を行い、写真撮影や握手、ゲームなどを通じて子どもたちと交流を続けていました」と佐藤さんは振り返ります。
そうした中で、幼稚園・保育園の現場から「龍からなら、子どもたちがちゃんと話を聞いてくれるのでは?」という声が寄せられるようになりました。特に、子どもたちが興味を持ちづらい交通安全は、従来の人形劇などでは伝わりにくいという課題があったためです。
「一度、やってみよう」。こうして最初に始まったのが龍の交通安全教室です。中途半端な内容は伝えられないと、自動車メーカーに何度も話を聞いて細部まで検証。基本的な動作も根拠を持って教えられるよう台本を磨き上げ、2013年から本格的にスタートしました。
その後、「防犯も」「防災も」と要望が広がり、3つの教室が活動の柱となっていきました。
さらに、「水を出しっぱなしにしないって龍が言ってくれたら…」「地球の未来を考えるきっかけをつくれないか」と、環境教育への期待の声も届くように。当初は「環境教育では、使われている言葉が難しく、未就学児にどう伝えれば良いか」と大いに悩んだといいます。
転機となったのは2021年。龍が宮城県開催の環境イベント「みやぎ環境フェスタ」に出演したことです。リーフレットへの掲載やイベント出演を重ねるなかで、環境を伝える必要性と可能性を実感し、「それならまずは、自分たちにできることから」と、教室で使う台本づくりから取り組み始めました。
難しい環境問題も、ヒーローとなら楽しく伝えられる

環境の専門家ではない自分たちが子どもたちに伝えるには、わかりやすく、楽しく届けるための工夫が必要でした。台本づくりでは、一般社団法人地球温暖化防止全国ネットによる監修を受け、さらに「もっと噛み砕いた方が伝わるのでは」と何度もブラッシュアップを重ねました。
こうして生まれた「STOP 地球温暖化教室」は、「水を出しっぱなしにしない」「食べ物を残さない」など、子どもたちの身近な場面をテーマに、イラストパネルを使って、一人ひとりが直感的に理解しやすいよう、構成にもさまざまな工夫が凝らされています。
教室の対象は、3歳から6歳までの未就学児に絞られています。「小学生以上になると、“中に人が入っている”と気づいてしまう。でも未就学児は龍を“本物のヒーロー”だと信じ、まっすぐに受け止めてくれるからです」と佐藤さんはその理由を語ります。
ヒーローとの「お約束」が、行動を変える


多くの工夫と試行錯誤を重ねてきた「STOP 地球温暖化教室」は、子どもたちの心に確かな変化をもたらしています。
「水を出しっぱなしにしている園児に、 “龍に教えてもらったでしょ。出しっぱなしにしないって”と5歳児が注意していた」「ごはんを残しちゃいけないって言われたから、嫌いなピーマンも食べてみた」「帰宅後、ついていた電気を次々と消して回っていた」——保育園の先生や保護者からは、そんなエピソードが次々と寄せられました。
龍と交わした“お約束”は、子どもたちにとって大人からの指示よりも特別な約束です。環境にやさしい行動が、自然と楽しく身につくように工夫されており、その効果は着実に現れています。「本当に伝わるのだろうか」と不安だった当初。けれど今では、子どもたちの変化や保護者からの声を通して、その手応えを日々感じていると佐藤さんは話します。
年間200回以上の公演を支えるのは、ショーの収益と15人の熱意

現在、HEROには15人のメンバーがいます。本業を持ちながらも、休日や夜に集まり、台本を直したりブログを更新したりと、地道な活動を続けています。驚くべきは、温暖化教室を含む4つの教室(交通・防犯・防災・温暖化)は、すべて無償で提供されていること。交通費も含めて一切の負担を求めず、年間200回以上の公演を各地の幼稚園・保育園などで実施しています。
さらに、病気や怪我によって髪の毛を失った全国の子どもたちに、完全オーダーメイドの人毛による医療用ウィッグをプレゼントする「ヘアドネーションプロジェクト」も並行して行い、子どもたちの明日を支え続けています。
活動を支えているのは、企業イベントや自治体主催のイベントでのキャラクターショーやグッズ販売、協賛企業からの支援、そして何より子どもたちのために力を尽くすメンバー15人の熱意です。「正直、ギリギリでなんとか活動を続けている状態です。コロナ禍で活動収入が激減した時期もありましたが、それでも『やめよう』とは誰もいいませんでした。子どもたちの笑顔のために続けています」と佐藤さんは語ります。
子どもたちの未来のために、続けていく

写真/佐藤 真実さん
「暑すぎて外遊びができない」「プールに入れない」など、子どもたち自身が気候変動の影響を肌で感じている今、環境への関心も確かに育ってきていると、佐藤さんは実感しています。
「もちろん『地球温暖化』は難しいテーマです。だからこそ、龍というフィルターを通して、“楽しく、やさしく伝える”工夫を重ねていきたいです」。そう語る佐藤さんたちは、教室の台本を時代に合わせて日々アップデートし続けています。
「これで完成」ということはありません。専門家の意見を伺い、最新の情報や教育の知見を取り入れながら、子どもたちの“今”に合った内容を、楽しく、正しく、リアルに伝えていく。それが、HEROの変わらない使命です。
「STOP 地球温暖化教室」で伝えているのは、単なる知識やルールだけではありません。未来を生きる子どもたちが、“地球のことを考える”という小さな芽を心に宿し、自ら動き出す力を育んでいるのです。
その一歩一歩が、ゼロカーボン社会への確かな前進になっていくはずです。
▼HEROホームページ
http://www.hero.or.jp/
▼リュウプロジェクト
https://ryuproject.com/
▼ヘアドネーションプロジェクト
https://hairdonation.hero.or.jp/



